アラビア語で''ひとつづつ''の意


by angelyummy1
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

UNRWA


私も実はそんな何詳しくはないのだが
             ここには パレスチナからの移民が大勢入っている

  UNRWA とは↓
    国連難民救済事業機関パレスチナ難民のための東(UNRWAの)近辺総会の
       決議によって設立された
    1949年12月8日、ヨルダン、レバノンに450万人のパレスチナ難民の人々に
援助を提供する使命と シリア、ヨルダン川西岸地区とガザ地区は、難民問題
      の解決策を保留中。
    シリアでは、UNRWAの以上450,000パレスチナ難民には、教育、保健医療、
       社会的支援とマイクロファイナンスの機会を提供する食料調達する。

                                   これに JICAも協力しているのだ

          そのひとつ 年1回のUNRWA CUPという サッカー大会が行われた

a0161360_2224184.jpg


 みんなとても細くって でもしっかり筋肉が着いていた
          それかいずれは その2倍3倍もの大男になってしまうなんて・・・
                         日ごろの食生活は 気をつけなければなりませぬ
 

   対戦相手は シリア国内
   みんな お互い同じ区の血を引いていながら 異国に住んでいる 同じ同胞
   でも 他の土地には行けず 交流がないため ここで同じ仲間がいることを認識する

   ダマスカス  ハマ  ホムス  アレッポ  ラタキアに  タルトゥース  

                     主要都市の UNWRAの学校所属の青年たちが
                                      みんなひとつになっていた         

a0161360_22262581.jpg






私もUNRWAに
                            実は興味がある




 
   2001年 私はとあるボランティア団体に所属した
   その際関わっていたのは 人権問題と戦争問題
   アフガン問題をはじめ 9.11直後でそれにによる被害者の支援
   その中にこのパレスチナ問題も 漏らすことなく入っていたのだが・・・
   2002年 手を挙げた者だけ集い 死んでもかまいませんという一筆も書き
   パレスチナへ支援物資を持って行った時のこと
   必ずはいらなければならない 敵の国境 イスラエルの入国審査で捕まった
   次の週に構えていた 国連の会議を恐れてか 怪しい日本人の団体を仕留めたのだ
   私たちは 半日拘束され そしてパレスチナどことろか イスラエルの地も踏まずして
   なぜか そこから直でアテネに強制送還された
   そのあと少し 続けてみたものの そのショックは大きすぎた
    それが原因でもあり 実はこの何年も ボランティアに関わることを避けてきたのだ

a0161360_22521841.jpg

   しかし ここに来た
   それも たまたま
   JICAの最終面接で 南米「パラグアイ」の言葉を何度も聞き
   パラグアイは第一希望で その時までの状況で 私の職種は私しかいなかったため
   少しだけスペイン語も話せるし 言葉の上でも南米で決まりだと思っていたのだが
   運命とは 分からないものだと シリアに決まって本当に思った

   だから ここでこういう形でUNRWAという団体がいることを
   何かの形であの時出来なかった事を つなげたいと思っている
   でも まだどうしていいかわからず
   今はようやく始まる 明後日からのボランティアに
   不安でいっぱいな日々を過ごしているのだが・・・

a0161360_22553660.jpg




 山のふもとの壁
   みんなが
  気付かない
   ところに
 野花のように
  咲いていた
   壁の花

  世界に壁が
  あることを
 知らないような
   淡い色で
   この絵は
綺麗に生きてる









                 世界から 人種の壁など 無くなればいいのに と
       何ができるか 何をするのか じっくりと考えなければならないと思った1日だった
[PR]
by angelyummy1 | 2010-03-26 09:22 | 活動